木地師のふるさとへ行く

前回前々回と本来の目的地の道すがらに立ち寄った永源寺のお話でしたが、今回が、滋賀県東近江に行った本来の目的ですw
場所は永源寺から車で40分ほど更に山奥の集落、蛭谷(ひるたに)と君ヶ畑(きみがはた)。
ここは『木地師発祥の地』と呼ばれている場所で、入り口にはしっかりと木地師の里と書いた看板がありました。
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集落入口の看板
さて、なぜここが木地師発祥の地と呼ばれているのかといいますと…


1100年以上の昔に、当時の天皇、文徳天皇(もんとくてんのう)の第一皇子だった惟喬親王(これたかしんのう)がこの地に隠棲した折、轆轤(ろくろ)で木地を加工する技術を編み出し、蛭谷や君ヶ畑の杣人に伝えたのが木地師の始まりとされ、この地から木地師が良材を求めて全国へ散らばっていったという、伝承があるためです。
そして、その伝承を裏付けるように、この地には惟喬親王が住んでいたとされる御所や神社があるため、訪れてみたというわけ。
永源寺から車で40分、かなり山奥に入っていき、金龍寺(高松御所)に到着。
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金龍寺(高松御所)
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入り口の説明書き
かなり山奥の集落ということもあり、祠のようなものがあるのかと思っていましたが、中々立派な御所が建っていました。
残念ながら中を見ることは出来ませんでしたが、おやじの話だと文具メーカーのPILOTやセーラー万年筆も元は木地師で、ここには巨大なボールペンなんかも安置されているんだとか…
そして、この金龍寺のすぐ近くには、惟喬親王を祀っている神社があったため、そちらにも行ってみました。
つづく!!

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